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2009年 11月 18日
仕事としての音作業の合間に、最近はフリー音源にありがちな曲を作っている。
著作権フリー音源、広告ナレーションや企業PVのBGMとして使われることの多い、たいていはインストゥルメントの曲だ。 どんな曲調のものを作っているのかはさておき、まあ軽めのものだが、とにかく作っているんだ。 ひとつ言えるのは、使いやすそうなもので、「自分の作品だ」とオリジナリティを主張したいものとは対極に位置する感じだ。 数がたまったら取引先にでも提出してみようという思惑もあるのだが、個性よりも、イメージ先行で作るので勉強になると思ってやっている。 ここまでは前置きというか、そんなものだ。 そうやって音を並べる作業をしていた先ほど、ふと『グリーングリーン』を思い出し(ある日、パパとふたりで〜)歌詞を知りたかったのでGoogle検索した。YouTubeでその合唱も聴いた。 関連動画で『今日の日はさようなら』も聴いて、たぶん夜で酒でも飲んでたら泣いてたわ、これ、とか思って、ほんとうに昔、『今日の日はさようなら』は思い出と共に大好きな、好きというか心揺さぶられる曲で、自分の音楽の根底にもあって、そんなこんなで、は〜るを愛するひ〜と〜は〜こ〜ころって脳内に流れて、またググって、「愛を語るハイネのような」ってのが何とも言えず良いじゃないか、なんて思っているよく晴れた昼下がりですよ。 2009年 11月 17日
結果が全てではない、と人は言う。
それはそうだ。 頑張って頑張って頑張り抜いた結果が失敗しても、その過程には意味はあるのだろう。 しかし、結果<過程 と安易に考えるのは間違いだ。 結果を伴った過程が大事なのは言うまでもないが。 過程とはつまり結果に至るまでの0からぎりぎり結果の数ミリ手前までのことだ。ということは結果に(どんな結果であれ)至っていないものは過程とは呼ばない。 つまり最初に挙げた言葉は「結果だけが全てではない」ということにすぎない。 まず結果まで辿り着くということが、その上での過程が大事なのだ。 絵を描き上げよう。 服を作りたかったら、まず一着最後まで作ってみることだ。 曲もそうだし、いやクリエイトなことに限らない。 プレゼン資料だって作り上げなきゃダメだし、走ることもそうだ。 と、なぜかこんなことを書いてみたくなった夜だ。 そんな僕はひとつの小説も書き上げていない。 ただ、曲に関してやはり思うのは断片だけ書いていても意味はないし、まとまったひとつの作品を一曲作ってみる方が、あれもこれもと試しては完成しない努力の過程よりは格段に能力は上がる。 直しはあとでいいし、挫折なんてもっとあとの話だ。 なんにしても完成まで持っていくということ、それが全てだ。 その過程が意味あるものなんだ。 2009年 11月 13日
朝食に、昨夜作った(とはいってもただお米に混ぜて炊くだけのレトルト)松茸まぜご飯。お米は炊飯器ではなく鍋を火にかけて炊く。みそ汁も付けた。
基本的に朝はパンを食べることが多い。パンにチーズやらソーセージやら目玉焼きやら、その日によって。それにコーヒー。 昼は食パン(8枚切り)を2枚にてりやきハンバーグ(これも昨日買ったレトルト)と目玉焼きを挟んでトーストし、てりたまバーガー風に食べた。この時コーヒーも飲んだ。 コーヒーは豆を選んでお店で挽いてもらいコーヒーメーカーかもしくはペーパードリップで作る。挽き方だが、コーヒーメーカー用でと頼んでも、店によって細かさが違う。スタバの挽き方が細かくて好きだ。粗いと通常の豆の量だと薄いコーヒーになってしまう。たしか細かさが7だったか8だったか。KALDIでは、幾つで挽いてますか? と聞いたらスタバのより1少ない数値だったので、もう1段階細かくしてと頼んで買う。 夜はちょっと遅く、10時前後にパスタを作って食べた。 茄子とベーコンと大蒜をバター醤油で味付けした。というか本当はバターを切らしていたのでバターは入れていない。 パスタはよく食べる。外ではほぼ食べない。家で作って食べる。 ソースによってパスタの太さも相性があるのだと思うが、僕は基本的に1.7mmのそれを買い置きしておく。 そして今からビールを飲む。本当はビールではなく「ホップの真実」という発泡酒だか第三のビールだかが冷蔵庫に入っている。家ではこれか「金麦」か「クリアアサヒ」のどれか一番安くなっているものを買って飲む。 ビールを買う時は、たいてい「スーパードライ」である。 2009年 11月 10日
ああ、そうであった。
言葉にしなければ伝わらないのだ。 ああ、そうなのだろう。 言葉を投げかけるという行為の馬鹿さ加減よりも その言葉に意味があるのだった。 ほとんど白紙の手帳を開く。 日々の記録に意味があろうとなかろうと 本当は記しておきたかったんだ。 ためて置いたレシートの束から思い出を探る。 あの日は家で鍋をしたのだったか。 10/20 17:16 書籍 ¥920 これはいったい何の本だろう。おそらくもう読み終わっているはずだが。 居酒屋のレシート 食べたもの、飲んだものを確認していくと記憶はまざまざと蘇る。 会話までも。 生きてゆくことは、日々新しいものを作り出さなくてもいいのだと。 いや、必ずしもそうは出来ないのだと。それでも生きてゆく意味はあるのだと。 しかしながら、僕は旅人ではないし、旅するように生きたくはないのだ。 軌跡は、作品にもただの営みにも残る。 ならばなんであってもその軌跡を記そうか。 軌跡を記していくという行為の馬鹿さ加減よりも、 その軌跡に意味があるのだろうから。 2009年 09月 21日
この夏、海には一度も行かなかった。
この夏どころか去年も行っていないし、一昨年も夏には行かず、秋になってからレンタカーを借りてドライブの目的地として、肌寒い夕方の海を見に行っただけだ。ちなみにドライブをする習慣はなく、そういえばその日が人生で初めて自分で運転するドライブであった。 海、3年前の夏は何度かサーフィンをしに行った。 たぶん生まれて初めての海は茨城県の大洗(祖父母の家が近かったので)、小学校の頃の夏休みは毎年そこに行っていた。海は好きだった。大学の頃、何度か江ノ島の海に行った。 海水浴とは別に一度台風の海を見に行ったことがある。大学の友達が一人車を持っていたのだが、大きな台風が近づいてきているある朝、台風の海をもしくは荒れ狂う海の中のサーファーを見に行こうぜとなり江ノ島に行った。その日の朝、AとDから「10分後に行くから準備しといて」と電話があり出発したのだったか、それともいきなり家に来たのかもしれない。もうひとり仲の良かったCをその後迎えに行った気もするがどうだったか。皆大学の近くで一人暮らしだった。 浜にサーファーが二人だけいて、しばらく荒れ狂う海を眺めていたが結局諦めて引き返し、それを見て僕らはやっぱ無理かと笑ったのを覚えている。もうひとつ記憶に残っているのは、沿岸沿いのコンビニが当たり前のように客はいなく、店員二人が店内でビーチバレーをして遊んでいたことだ。 鎌倉の海で、一度クラゲに刺されたことがある。10年ほど前だ。 青い海は今までに三度見た。奄美大島とグアム、シンガポールのセンソーサ島だ。 日本海は一度だけ。車の免許を合宿で取ったのだが、それが新潟県の糸魚川で、海から数十mの所に宿泊施設があったので、その二十日ばかり毎日見に行っていた。まだ2月後半で、一度、膝まで入ってみたのだが、耐えられないほど冷たかった。 ふと思えば、海が近くにある感覚、車で海に向かっていて「あれ?海近いんじゃない?」もう着くんじゃない、海だーというやつは好きだな。海、いろいろ楽しかったな。 この夏、海には一度も行かなかった。 で書き始めて、本当は海の話はどうでもよくて(行かなかったんだから尚更)、夏をざっくり振り返ろうと思っていたはずが、ちょっと違ったみたいだ。 海、行けばよかった。
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