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2005年 05月 08日
彼は大人になった今でも、母の日にはカーネーションの花を一輪だけ贈った。
それは花束でもなく、また何か他の少しは高価なプレゼントでもなく、たった一輪のそれである必要があった。 彼がもしこの先、とてつもないお金持ちになったとしてもそれは変わらないだろう。 まだ彼が少年だったその日、彼はお小遣いをためておいた2千円を持ってプレゼントを買いに出かけた。まだ小学校5年生の彼の月のお小遣いは千円だった。彼はその何日か前から近所の雑貨屋に素敵な一輪挿しの花瓶を見つけていた。 「これとカーネーションを一緒にプレゼントしたらお母さん喜んでくれるだろう」と彼はとても嬉しい気分だった。 その前の年は、カーネーションだけしか贈れなかった。お小遣いがまだ5百円だったから。 確かにその花瓶は素敵だった。光に当たると綺麗に輝くところどころ白い模様の入った黒い一輪挿しで、赤いカーネーションによく似合いそうだった。 でも、その花瓶は2500円した。前に見つけた時、値段を確認するのを忘れていたのだ。少年は結局1時間店の中にいた。他に2千円以下の花瓶も3つほどあって、その中から選ぼうとしたのだが、どーしても目当てのものより見劣りした。そんなふうにして、ずっと迷っていたのだ。 店の主人は銀縁の眼鏡をかけたおじさんだった。少年から見るとちょっと恐そうな人だなという印象。 その主人がいよいよ声をかけてきた。 「どうしたの?」 「いえ大丈夫です。」 「花瓶買いに来たんでしょ?今日、母の日だもんね。」 さっきからずっと花瓶しか見てなかったから、解ったのだろう。印象と違い優しそうな話し方をする人だ。 「迷ってるみたいだね?これなんかいいんじゃないかな?」彼が取ったのは1300円の2番目に安いものだった。 「じゃあ、それにします。」少年は言った。 少年は財布から2千円を出した。すると主人は、「ちょっと待って、これにしようか。」と2500円のものを取った。 「いえ、2千円しか持ってないんです。」 「みたいだね。だから迷ってたんじゃないのかい?」 主人は少年が2千円しか持ってないのを見て取り、全てを理解したのだった。 「本当はこれが欲しかったんでしょ?でも足りないから困ってたんだね。」 足りない分はいつでもいいから、と、きれいにラッピングし持たしてくれた。 少年はとても喜び丁寧にお礼を言った。来月にはあとの5百円持ってくると約束した。 主人は「気にしなくていいよ。それより早くおうち帰んないと心配するよ。」と言ってくれた。 そして少年は店を出た。 少年はとても嬉しかったが、問題がひとつあった。もうお金はない、カーネーションが買えない。でもそれまでさっきの主人に頼むことも出来ない。もう夕食の時間にもぎりぎりだった。仕方なく少年はそのまま家に帰った。 夕食も終わろうとする時、少年の姉が席を立ち、部屋からリボンの付いた箱を持ってきた。それは薄い青の素敵なサマーセーターだった。お母さんはとても嬉しそうだった。夕食を食べている時から少年はほとんど何もしゃべらなかったのだが、この瞬間、彼は泣き出してしまった。そして、どーしたの?と心配する家族をよそに自分の部屋に駆け込みベッドにもぐりこんでしまった。お母さんが部屋に入ってきて、いろいろと聞いても彼は泣きじゃくるばかりだった。 「だってプレゼントが・・・」 お母さんは、少年の机の上にある袋を見つけた。 「なーに、これ?」優しく聞いた。「お母さんに買ってくれたの?」と。 「でもそれだけじゃ意味ないんだよ。」少年は泣きながら怒鳴った。 いつしか少年は泣き疲れ眠ってしまったようだ。 次の日の朝、目覚めると、ぼんやりと昨日のことを思い出しながら、少年はリビングへと行った。 少年が買った花瓶は窓際に置かれていた。そしてそこには一輪の赤いカーネーションが可憐に飾られている。 もう起きて、テーブルでオレンジジュースを飲んでいた姉が言った。 「しょうがないわねえ、あんたは。まったく子供なんだから。昨日お母さんがその花買って来たのよ。私が買ってくるって言ったのに、お母さん買いに行っちゃって。でも素敵な花瓶ね。」 昨日という母の日に、お母さんがひとり赤いカーネーションを花屋で買い求める。その光景を思い描いた。そして涙が溢れてきた。台所からお母さんの声がする。 「おはよう。プレゼントありがとうね。」 涙はもうとまらない。歪んだ視界にカーネーションの赤だけが鮮やかだ。 母の日に、お母さんがお母さん自身のためにカーネーションを買うなんてことがもう2度とないように、毎年その日には、カーネーションを一輪贈る。 今年もまた、母の日がきた。 <完> 読んで頂きありがとうございます。 昨日に引き続き二つ目の短編小説です。 いかがだったでしょうか?コメントも 頂けると嬉しいなーなんて。。
by m-s-t-pink
| 2005-05-08 11:01
| 短篇小説
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